第2回竹内敏信
日本と日本人の心を写す“写真職人”
桜。咲き誇るその姿に「日本人の原風景」を感じ、シャッターを切る。
日本の風景写真の第一人者。そして “バンダナを巻いた写真家”として、アマチュアカメラマンから絶大な人気を誇る竹内敏信(たけうちとしのぶ)。その竹内を語る上で「桜」は欠かせない被写体だ。まるで「日本人の心」を写し取るかのように、日本各地の桜を撮り続けておよそ四半世紀。被写体の向こう側には「美しい日本と、日本人の心」が見えてくる。
竹内は「ドキュメンタリーこそ写真の命」と、報道写真家として写真の世界へ踏み込んだ。しかし、次第に「破壊されてしまった後の姿より、自然の美しい姿を伝え、これを壊すなと主張する方法を考える」ように。
1980年代に入るころから「日本人の原風景」をテーマに、日本各地のさまざまな美の瞬間を追い求め、ファインダーに切り取ってきた。そこには35mmカメラの機動力を活かした風景写真へのこだわりがある。写真界の大勢として「風景を表現する写真に35mmカメラは不向き」といわれていたにもかかわらず、35mmカメラによる撮影を自身のスタイルの軸としてきた。
近年でこそ、「写真表現の幅を広げるため」、中判の6×7や大判の4×5なども駆使し、カメラそれぞれの機能に応じた表現を作品に打ち出しているが、それでも「機動力があり、レンズワークが多彩に使えて、自分の気持ちの動きに応じて風景を切り取っていけるから35mmの方が有利」と言う主張は変わらない。そのがんこな職人にも似たスタイルにより、今日では日本写真界において風景写真の第一人者と言われるほどの作風を完成させている。作品の数々は、風景写真として高い評価を得ているだけでなく、写真、カメラ好きの人々に撮影のヒントを与えてくれるであろう。
ちなみに、竹内は、自身の撮影データやテクニックを雑誌、講演会などを通じて広く公開もしている。後進の指導にも熱心な人物であり、作品はもちろん、その人柄にもファンが多い。
ひと言で“風景写真”といっても、ただきれいな場所を撮っているのではない。「日本人が日本の風景をどのような気持ちで眺め、どういう形で表現してきたのか?その日本人の原風景を追求するために撮っている」という竹内の姿勢がそこにある。
さらに、「日本人の自然感には、長い歴史を通じて自分の生き方や感情を素材にたくして表現し続けてきた伝統がある。たとえば俳句も、自分の感情を風景にたくしてうたっている。そうした日本の伝統的な表現方法を、写真という手法で引き継いでいくのだ」とも語っている。
「自然とともに生き、その一瞬を写す」。
「その時間、その時代の自身の気持ち、あるいは生き方を、自然の風景を通して表現する」=竹内自身の“自然感”を表現するということ。これこそが作品群に流れるテーマであり、他者の追随を許さないオリジナリティ溢れる写真を生み出す原動力となっている。だからこそ、竹内敏信が切り取った“一枚の風景”からは、日本人ならばきっと心に何かを語りかけてくれるパワーを感じることができるのだ。
さて、最後に、竹内が推薦する桜の名所を紹介しておきたい。次の桜のシーズンには、ぜひカメラを携え、竹内の愛してやまない「美しい日本」の姿をフィルムに残してはいかがだろう。
■竹内推薦の桜の名所
奈良県全域:万葉集の昔から名所として名高い吉野山はもちろん、天川村の「熊野の桜」、宇陀市「大宇陀のしだれ桜」など県内全域に老木、名木が点在。寺院、神社をはじめ、山林などでも美しい桜を見ることができる。
長野県全域:有名な場所でなくとも、畑の横、山すそ、墓地などにも、見ごたえのある「一本桜」が多い。飯綱町地蔵久保のオオヤマザクラはその代表格。場所によって開花時期が少しずつずれているので、場所を変えて、長い期間満開の桜の姿を楽しめる。
福島県中通り地方:滝桜で有名な三春町、紅枝垂れ地蔵桜の郡山市をはじめ、中通り地方にはすばらしい桜が多く存在する。竹内も足繁く通い、多くの作品を残している。場所によっては5月の上旬が見ごろとなる。
桜の名所や有名な桜は、落ち着いて撮影できる場所ではないことが多い。しかし、その桜の周辺に、必ず「絵になる桜がある」と言う。何度も通い、自分の心を捉えて放さない桜に出会いたい。
そして、撮影する際のポイントのひとつに竹内のこの言葉がある。
「桜は、満開のときがいちばん美しい」。
■竹内敏信(たけうち としのぶ)
1943年 愛知県生まれ。
愛知県庁勤務を経て、1970年写真家に転身。主にドキュメンタリー作品を撮る。
1980年頃より、主として35ミリ一眼レフカメラを駆使し、自然の映像化に挑戦し続けている。
風景写真の第一人者として最も人気が高い。多くの写真コンテストの審査員を務め、講演会なども多数行うなど、写真界の発展にも深く寄与している。